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ハチノスブログ

私による私の為のバカスコ穴だらけのブログ。人生イージーモードだけど雑魚だから攻略困難。厨二病を拗らせました。

成長せざるを得ない状況

成長せざるを得ない状況

 

 

前に進まざるを得ない

過去には戻れないのだと思い出し泣いても今という状況でとどまり続けることが出来ないと気づき泣いても今回ばかりは前に進まざるを得ない。

 

時間が進むということは理解した。私がどれだけ今にとどまり続けようと足掻いても時間は進んでしまう。私以外の時間ばかりが進んでいるような気がしていたが、私の時間も進んでいるのだ。

 

もしかしたら時計の針ばかりが進んでいる気がして、私自身も進んでいるのだという事実を認識出来ていなかった事によって、今までは苦しかったのかもしれない。

 

しかし、「前に進む」という事は「成長すること」のみでは無いのかもしれない。もしかしたら、明日進む1歩は自分の中で「衰退」かもしれない。「後退している」かもしれない。しかしそれも1歩なのだと受け入れることが出来れば私は前に進むことが出来る。

 

 

 

 

 

私の全てを受け入れてくれる、私を私として受け入れてくれて、私のどんな状況でも受け入れてくれた人間が居ないということは、私の存在価値が皆無になる事だと思って泣いた。私は本当にこのままでは1人になってしまうのかと怖くなった。

 

この状況が辛く、苦しいのではなくて、これからの私が怖くて泣いたのだ。「大丈夫だよ」と言われても、大丈夫ではないのだ。彼女が、ではなく私が、大丈夫では無くなってしまうことが怖かったのだ。

 

そんな自分が嫌だった。嫌で嫌で、結局自分がどうしようもない奴で、自分では何も決められず、前に進むことも辞めてしまう奴なのだと自己嫌悪に陥る。

 

 

 

 

 

それでも時間は進む。私が家から出なくても、布団の中でうずくまっていても、外で遊んでいても、友達と会っていても、家事をこなしていても、ぼーっとしていても、泣いていても、何をしていても時間は皆平等に進んでしまうのだ。

 

 

時間が進むということを受け入れることが出来るかはまだ分からないが、時間が進むということを理解し、受け入れられて居ない自分に気づくことが出来た。これが既に前に進めたという事だ。

 

 

 

 

 

 

弟は明日からまた学校に行かなければいけない。私も永遠に14歳では居られなかったし、このまま19歳で止まることも出来ない。

 

この年になって、こんな訳の分からない事を言っている自分が、嫌になってきたが、結局ここで悩んでいてここから目を逸らし、知らないふりをしたってまた同じことの繰り返しだ。自分が何が嫌なのか受け入れられないまま同じことを繰り返すだけだ。

 

 

 

 

 

 

もしかしたら出来ないかもしれない。でも、出来るかもしれない。やらなければいけないかもしれないし、やらなくても大丈夫かもしれない。わからない。分からないけど、今は強く強く「死にたい」とは願っていない。生きるために悩んでいる。これも既に成長。受け入れてあげよう私は私を。これが私である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人と辛さを比べてはいけない。あの人もあの人もあの人も、みんな私よりきっと辛いはずなのに、私は何故こんなに辛いと思ってしまうのだ。私は弱いのだ。頑張らなければ、と、思ってはいけない。あの人はあの人だし、私は私なのだ。私の方が辛いから、辛いと言っていい。逆に、私の方が辛くないのに、私が辛いなんて言ってはいけない。どちらも違う。私は私が辛いと思うことを辛いと言ってもいい。私は辛い。辛いと思ってしまう自分を受け入れよう。だから、私は私で「自分がこれを受け入れてあげれば前に進める」と思うのならば、私はその為に病院にも行くし、その事実も受け止めよう。彼女も彼女が辛いと思うことを「辛い」と言うことで受け止めているのだ。彼女の方が辛いなんてことは無い、辛いに大きいも小さいもない。良いんだよ。そんな事で、なんてことは無い。そんな事が私の中ではとっても大切な事だったんだ。

 

 

 

「苦しい?」「息ができなくて苦しい」

 

母は40歳。

母が倒れた。

「良い人」とは「自分に都合の良い人のこと」という言葉

 

 

こんにちは

 

体が緑色の食べ物、つまり抹茶を欲している今日このごろなみつばちです

 

 

 

 

 

「いい女いい女

ホントは都合のいい女」

 

「いい男いい男

ホントはどうでもいい男」

 

 

この言葉をとてもよく覚えている。どこで誰が言ったかとかは覚えてないがこのフレーズを何故かとてもよく覚えている。この言葉を知った当時の私はこの言葉に何かを感じたからきっとよく覚えているのだろう。まぁ、この言葉は今回関係ないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい人って言う言葉は自分にとって都合のいい人の事を指しているようであまり好きではない」

 

 

 

進撃の巨人という漫画をご存知だろうか。名前くらいは聞いたことがある人もいると思う。

私はハンターハンターが大好きだ。ハンターハンターでは(1番というものは決め難いが)キルアが好き。ワンピースではウソップが好き。進撃の巨人ではアルミンが好き。 

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(進撃の巨人8巻 第31話 微笑み より引用)

 

すべての人にとって

都合の良い人なんて

いないと思う

 

誰かの役に立っても

他の誰かにとっては

悪い人になっている

かもしれないし・・・

 

(進撃の巨人8巻 第31話 微笑み より引用)

 

あぁ、確かになぁ。と思った。

「〇〇ちゃんて、本当にいい人だよね!」「あんたはそんなにいい人だから損するんだよ」…いい人。いい人。全人類誰から見ても「良い人」で居ることなんか出来ないんだ。この人の為にと思ってやってあげたことが、他の人から見たら偽善的な作業に見えてしまうことがあるのも、その人にとっていい事をやってあげること=良い人という括りになる理由ではないからってことなのか。

 

 

 

 

 

このフレーズを見た時、思い出した状況があった。

車で出勤中、そろそろ着くぞという所でいつも渋滞に巻き込まれる。その場所はいつもいつも混んでいて全然先に進まない。きっと他のドライバーさんたちもイライラしてきてるだろうな、なんて考えていた。

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(これがiPhoneSE×みつばちの限界だった勘弁)

 

この道がめちゃめちゃ混んでたわけ。で、スーパーの方からもどんどん車が出たがってるの。丁度私の前辺りの車がスーパーの出入口付近で渋滞にハマってて、信号が青に変わった。

 

出入口付近で止まっていた車はそのまま止まって、スーパーから出てくる車を入れてあげていた。まぁ、1、2台位ならわかる。だが、その人は次から次へと車を入れてあげていたの。おかげで信号待ちをしていた人達は前に全く進めずまた信号が赤になった。

 

私はまだ出勤まで時間もあったし、あーあ。進めなかったちくしょ!ぐらいにしか考えていなかったが、私より後ろで待っていた人達の中には「やべーよ!遅刻する!なんで全然進まねえんだよ!ふざけんなよー!」と思っている人もいたかもしれない。でもきっと、スーパーから道にでたくてもなかなか出ることができなかった人たちからすれば「あー、入れてくれるの!マジ神!ありがとう!」という感じになってたはずだ。

 

つまり、信号待ちをしていた人達からすれば信号が変わっても一向に進もうとしないあの車の人は悪い人(までは言い過ぎな気もするが)だったが、スーパーから出たかった人達からすれば良い人だったわけだ。

 

 

 

 

 

なんか、この例もすごく極端な気がするが、きっと全部そういう事なんだろうな。

「これをすればイイ!」とか決まってることなんてほとんど無くて、今自分は何をするのが最善でどう行動すればいいのか。他人の目を気にして生きることが正しいことでも無いし、正しい生き方なんてないだろうし、なんだか簡単なようで難しいです。難しく考え過ぎなのかもしれないけどね。

 

 

考え過ぎて滅入ってしまう私はあまり良くないなと思うけど、考えることは悪い事だと思わないから、色々考え悩んで生きていきたいね。なんかちょっと違うな。まぁいいか!

 

 

 

 

 

 

 

 

お ま け 👼

 

時々血迷った私による私の為の記事が更新されて迷惑している方がいるかもしれないが、さっきこんな記事を投稿した。

hxhlav1112.hatenablog.com

ただのメモを投稿したような記事だから、誰からの反応も期待していなかったというか、投稿したことで満足(?) というような感覚になっていたのだが、とても素敵なコメントを頂いた。

 

id:b204638 思考は現実化するさん

私は、自分のことも、なりたい自分も、実は、未だによくわからない。ただ、なりたくない自分なら少しわかるので、なりたくない自分にならないように、ならないようにして、今、ここにいます。

 

 

本当にとても素敵なコメントで、書きなぐった私の記事の続き、というか、答え、のような気がしました。感情ぶん殴り記事投稿してよかった。と思った。

他にもコメントをくださった方がいて、なんだか心が救われた。なんて言うんだろう、なんか、今まで自分の中で溜め込んで自分で解決しようとして違う所で爆発してしまっていた自分を嫌だと思い、文章にする事によって吐き出そうと思って始めたブログで、色んな意見、素敵な言葉をたくさん頂ける機会があるブログというものに、感謝(-人-)という感じです。

 

 

 

 

🐝

なりたい自分

 

 

なりたい自分を追いかけてみるが結局なりたい自分は憧れの人達の集合体であって私ではなくなってしまうわけで結局はなりたい自分にはなれないわけで、なりたい自分になる為にはなりたい自分に近づく為の努力をすればいいわけで、でもそれは結局の所なりたい自分に近づいていると言うよりも憧れのあの人とあの人とあの人の素敵なところの真似をしているわけで結局これは私ではないと自己嫌悪に陥り、自分ではないのだから無理をしているということなのだからいつかそのツケが回ってきて体はぶっ壊れますしではありのままでいいのだと言われればなりたい自分があるという事は今の自分ではダメだと思っているからなわけでではダメな自分を受け入れてあげればいいのではこれが私なのだからと受け入れてあげるのがいいのではと申されましてもそんな当たり前のことは分かっているわけで、自分のことは皆自分が一番分かっているわけでつまりは、

 

 

 

【完全雑記】カレーは何故こんなに美味しいのか真剣に考えてみた

 

こんにちは

 

給食で出るカレー、わざわざご飯とルーが別々になっているのにご飯の方にルーをかける人に疑問を持っていたみつばちです

 

 

 

 

カレーは何故こんなに美味しいのだろう。

カレーが大嫌いだ!という人に出会ったことがない。あまり好きではないという人になら会ったことがある気がするが。

 

私も「カレーがめちゃくちゃ大好きだ!マジで!この世のどの食べ物よりカレーが好きだ!好き!愛してる!カレーパネェ!」という程でもない。ただ、カレーはめちゃくちゃ美味い。お母さんの作るカレーとオムライスは飲み物だと思ってる。永遠に食べられる気がしてくる。

 

ただ別に、どこかお店で、好んでカレーを注文することはない。ラーメンが目的で出掛けることはあったかもしれないが確かにカレーが目的で出掛けたことはまだ無い。

 

嫌いな料理は何かと言われれば特に思い当たらないが、嫌いな食べ物はと聞かれたら「レーズン、椎茸、チョコレート、玉ねぎ、人参、、」うんうん。出てくる出てくる。

 

だが、カレーには玉ねぎも人参も入っている。しかし、食べれる。カレーパワーだきっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カレーは元々軍隊食として採用されたのがきっかけらしいね。軍隊をきっかけにカレーが日本中に広まって、手軽で美味しいからお母さん達も作りやすい。

極めつけは、給食か。どの学校でも確かに給食でカレーが出る。なんで学校でカレーが出た日に限って、家でも夕飯がカレーってことが何度も起こるんだろうね。でも結局家でも食べるよね。美味いし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じゃあ、カレーは小さい頃から食べる機会が多いからみんな好きだしこんなに美味しいのか?!そうなのか?!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも小さい時から口にしていても好きになれないものもある。

 

腐ったものとか体に害がある様なものは、食べた時に変な味がしたり苦かったりする。だから子供は本能的に苦いものとかを嫌いになる為、ピーマンが苦手な子供が多い、みたいな事をどこかで見た気がする。

 

私はレーズンと椎茸が小さい時から大嫌いだ。レーズンパンのレーズンが触れた部分のパンも無理。

でも小さい頃は食べられなかったけど、成長するにつれ食べれるようになったものも多いよね。私は、ピーマンとかナスとか白菜とか。嫌いな料理もいっぱいあったけど、食わず嫌い辞めたら食べれるものも増えた。食事が嫌いだったけど今は食べるの大好きだし!

でも確かに成長するにつれ、より嫌いになった物もあるなぁ。玉ねぎ人参。何かと一緒になら食べれる事もあるけど、単体では絶対食べれないなぁ。何故だろう。ネギは好きなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うーん。じゃあカレーは何故こんなに美味しくて皆に愛されてるのだろうか。うーん。

 

 

やっぱり、日本人好みの味に調整されているからなのか?もしかしてカレーには中毒性のある何かが含まれているのか?!カレー依存に陥らせて得をする誰かによる陰謀?カレー業界のバックには何か恐ろしい陰謀が渦巻いているのか?!

 

 

うーん。絶対に違う。

 

 

 

何でこんなにカレーについて考えているんだろう。それはただ、お昼に食べたカレーが美味しくてまだ食べ足りないからに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カレーを1ヶ月間朝昼晩と食べ続けたら嫌いになるだろうか。試してみたい。

 

ただ、引きこもりニートの私には「カレーを1ヶ月分作ってくれ」とは頼めない。

 

🐝

「誰が」「何を」言ったかで言葉の価値が変わってしまう気がするのだが

「誰が」「何を」言ったかで言葉の価値が変わってしまう世界で

 

 

 

 

現実の世界でも、インターネットの世界でも、少なからず「誰が」言った言葉かで、その言葉の価値は変わってくると思う。

 

 

もし、私と明石家さんまが同じ10人に素敵な言葉を並べたとしても、確実に明石家さんまの言葉の方が重みがあると思う。それは、その10人より明石家さんまが年上だからかもしれないし、芸能界で成功してるからかもしれない。お金があるからかもしれないし、「明石家さんま」だから、かもしれない。何故さんまさんを例に出したかと言われれば、日本人に明石家さんまを知らない人のほうが少ないから、という理由以外特に無い。

 

 

もし、生まれつき細くて太りにくい体質で、ダイエットに困った事がない人が「太ってる人はこうだからいけない。」とか言ったって、「あなたは太ったとこ無いんだから分からないでしょ?」みたいな、発言した「誰か」に対する先入観みたいな、なんて言うんだろう、そういうものは少なからず生まれると思う。

逆に、「こんなに太っていたけどこれをしたら痩せました!」って言われたら、「この人はこんなに痩せれたんだから私も痩せれるかもしれない!」と、多くの人の心に届くかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

書いてるうちによく分からなくなってきたが、つまりは「誰が」「何を」言ったかで、同じ言葉でも価値が変わってしまう事があると思う、という事が言いたいわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

だから私は「言葉だけ」で、誰かに認められるような存在になった人を、凄いなぁと思う。まぁ大衆に認められるようになる頃には大多数の人間が「この人の言葉だから」、と思ってしまっているのかもしれないが。分からないが。

「この人が言った言葉だから」ではなくて、「その言葉」に惹かれて好かれた人たちを、凄いなと思う。(自分で読み返してみてこの一文が、なんか違うなってなってるけど直さない)

 

可愛いお顔を出すわけでも無く、素敵な絵を見せるわけでも無く、ただ言葉の使い方の面白さや、表現力や発言する内容でフォロワーを獲得したツイッタラー。何だか見ていて面白いと思える様な文字を綴ったり、また読みたいなと思わせるようなブロガーさん。他にも文字を綴って人々を魅了する方は沢山いると思うが、本当に素敵だな、凄いなぁと思う。

 

綺麗な顔や、素敵な絵を書ける人をダメだって言ってる訳じゃなくて、それは凄い才能だと思うし、羨ましいとも思う。私にも素敵な顔やスタイルや、絵を書ける才能があったらいいなぁって、そんな事は今も昔もずっと思ってますわ。

とりあえずブログを始めてみて、文章で人を魅了する人ってカッコイイな、と気づいたって話です。

 

 

 

 

 

 

 

イッタラーやブロガーさんだって、書き続けているうちに「この人の」言葉だから心に刺さるなぁ、とか、お前がそんな事を言うか?とか、読む人によっては「誰が」の部分を感じ始める人もいるのかもしれない。それでも、どれだけ書いてるかとか、どんな人かとか抜きで、この人の文章はなんだか素敵だな、と思える人に出会える。素敵だ。

 

 

 

 

逆に考えれば、書き続けている人だからこそ伝わる事も沢山あるわけだよなー。書き続けている「誰か」だからこそ心に響く、みたいな。私は、目立った特技もなく、人に自慢できる様なことも特になく、文章を書くことも得意だと思えないネガティブ野郎だ(正確には野郎では無い)が、そんな私にも書き続けている事で誰かに伝わることがあるかもしれない訳だ。

 

 

 

なるほど。

 

 

 

 

リハビリの意味も含めて結局、“書き続けることが大切” に至りました。

 

 

 

4月12日の私

🐝

1ヶ月続けることが出来ました感謝

 

こんにちは

 

 

今日はめちゃくちゃ暑いらしいですね怖いですみつばちです

 

 

 

 

タイトルにもある通り、ニートで引きこもりである私が「一切の人間関係を断ち切って家に引きこもっていたら、もし私に何かあった時に誰も気づかないではないか。これでは死んでるのと同じではないか。」と思い始めていた頃「ニート ひきこもり」で検索ヒットし出会ったネコ師匠のブログを読んでブログというものを始めてみてから1ヶ月が経ちました!!

 

 

 

 

いえ〜い!!!

 

 

 

 

最初の頃のTwitterの呟きの延長的な記事に、「目標三日坊主」って書いてた人間が1ヶ月も続けられました。

hxhlav1112.hatenablog.com

これだwwwwwwまって、ちょ、wwwやばwww

ブログを始めて3日目らしいです。意味不明です。

1ヶ月前の自分すら意味不明なの凄い面白いです。

 

 

 

話を戻して、こんな私が1ヶ月続けられたのも本当に読んでくださる皆さんや読者の皆さんのおかげです。

自分の感情ぶん殴り穴だらけ支離滅裂ブログを読んでいただき本当にありがとうございます。誰とも繋がらない私が死んでいたのだとすれば、皆さんと繋がれているから私は生きているのです。

おお。皆さんに生かされているのか私は。

 

 

 

 

 

 

ブログという存在に気づき、始めてみて、この1ヶ月は一応「毎日投稿」を目標にしてきました。最初は「皆なんでこんな文字数稼げんだ?全然1000字程遠いんだけど〜〜」となっていましたが、今は書いてるうちに気づいたら1000字はザラに超えるようになりました。完全に慣れというもの何でしょうか。書き慣れてきたという事?

 

私は何かを説明したりする時に、「お前は話がなげぇんだよ」と、言われます。し、自覚してます。伝えようと思うことがあればあるほど、話が長くなってしまうのです。

ブログに書き慣れてきて、文字数が増えてきたのも「素の自分」として書けるようになってきたからではないかと思います。あれもこれも伝えようとすると、どんどん文字が出てきて、「ああ、こうなんだけどこうじゃなくて、あのな?こうなんだけどなー。んもう!あああああ」という具合にどんどん長くなります。全然意味が分からないですね。あ、もしかして分かりますか?!

 

 

 

 

 

なので、ブログは私に最適だなぁと思いました。

どれだけ書いても誰にも怒られない!「話が長いこと=悪いこと」という私の固定観念は、ここでは無意味なんです。だって、私が私の為に私の書きたいことを書いていいんだから!その為の「ハチノスブログ」なのだから!パラダイス!

 

 

 

 

 

 

 

それでもですね。私は端的に言葉をまとめる術を持っている方に憧れます。Twitterは140字以内で自分の呟きをします。凄いです。私の場合吐き出したい言葉があってもどんどん長くなり、結局1周回って「普通に生きてんのすごくない?」とかそんな文章になるんです。

最近のツイートが意味不明支離滅裂まぁそんな自分が好きですけど(何か違う) (もういいや)

 

あとは、例えばコメントをしてくださる方で端的に「こう思いました!」と、伝えてくれる方がいらっしゃるとします。そのコメントに対して、私が沢山の「ありがとう」や私はこう思いますよ、を伝えたかった時に、どう考えても文章が長くなってしまう。文章が長いことは悪い事だとは思いません。ただ、沢山言葉を連ねないと私の感情が伝わっていないような気がしてしまうのです。

もしかしたら、たった一言の「ありがとう」でも、もう十二分に伝わってるのかも知れませんがね。自分でこんなに書いておいて難ですが、確かに私はたった一言「ありがとう」と言われたら飛び跳ねて喜んでます。あ、そうですね。相手にどう伝わるかより、自分のありがとうの気持ちが大切なんですね。書いてるうちになんかわかってきた気がします。自己完結しそうです。

 

 

 

実は自分の自己完結する癖もあまり良くないのではないかと思っています。

 

 

 

自己完結はいけないことではないけれど、自分の意見で満足してしまってる気がするんです。けれど自分のことを信用しきれていない私は他人からまた「お前は話がなげぇよ、もっと完結にまとめてくんない?」とか言われたら最初の思考に戻ってくるんです。行方不明自分。

 

 

自分の考えに自信をもち、他人の言葉にも耳を傾けられ、自分にない考えを「そんな考え方もあったのか」と受け入れていかれるような人間になりたいです。ちょっと自分でもよく分からなくなってきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして盛大に話が逸れている気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つまり、今日言いたかったことは1ヶ月続けられたぜ!!!やったぁ!毎日更新できたぜ!やったぁ!!そして、読んでくださる皆さんありがとう!ありがとう!!!という事を伝えたかったのです。

 

最初からこの文章にしとけば端的に伝わりましたよね。いいえ、いいのです。ブログでは書きたいことを書くのです、私は。(倒置法)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談ですが、明日はようやく親不知をぶち抜いて貰える予定です。楽しみです。ワクワク。

この1週間は親不知を抜いてもらう為に生きてきたと言っても過言ではありません。(割とマジで) 

 

🐝 

自己紹介という名の過去を振り返る話

 

 

今週のお題「自己紹介」

 

 

 

こんにちは

 

書いてたら長くなってしまって自己紹介でも何でもねえな!となってるみつばちです

暇な時に読んでいただけたら幸いです。内容はペラッペラの自分記事になってしまいました。まぁいっか、となっております。良くないです。

 

 

 

 

 

 

 

 

私のブログは私事な自分の為の記事ばかりなので、自己紹介もクソも無いのかも知れませんが、残念ながら自己紹介をさせて頂きます。

 

 

 

 

 

…と言っても難しいですね。自己紹介って。 

 なのでお題スロットの手を借りたいと思います。

 

 

 

 

 

お題「演奏できる楽器」

小学1年生の時に3年生から入れる吹奏楽部のフルートを見て、とてつもなくカッコイイ!!と震えた記憶があります。

自分から何かをしたりする事がとてつもない恐怖だった私が、どうしてもフルートが吹きたくて勇気を出して3年生の時に吹奏楽部に入りました。

フルートが意外にも大きくて、背の小さかった私は手が届かなかったり、引っ込み思案で人と会話がまともに出来なかったりしたので、自分よりはるかに大きな恐怖の塊だった6年生にいじめられていました。泣きました。当時は特にいじめられてた気はしていませんでしたが、1度だけ泣いた記憶があります。

 

そんな6年生もすぐに卒業したので、すぐ記憶から消えました。

皆、目立つ金管楽器をやりたがっていたので、か細く音的にも目立たないフルートはあまり人数がいなかったので良かったです。

 

吹奏楽部に入ったことで、今でも仲良く出来る友達に出会えたことは、本当によかった!

 

 

つまり、フルートとリコーダーが弾けます。それ以外はからっきし出来ません。あ、マラカスなら振れるかもしれません。

 

 

 

 

お題「この色が好き」

小学生の頃から今の今までずっと緑が大好きです。何を買うにも緑を基準に買うので私物は緑だらけです。抹茶も好きです。美味いです。チョコレートは小さい頃から食べれません。だけどチョコって見た目がツヤツヤで凄い美味しそうに見えるから「今日は食える気がする。めっちゃ美味そうだもん。」と思って食べて後悔します。全然緑色が好きなことと関係ないですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中学生の頃はバスケ部でした。すごく怖い先生が受け持っていることで有名でした。バスケ部を選んだのは小学生の頃からちょっとバスケをやっていたからです。入ってから後悔しました。嘘です。めちゃくちゃキツかったし辞めようと思ったこともめちゃくちゃあったけど、素敵な先生と友達と出会えたので充実していました。

 

その頃から少しずつ、自我が爆発し始めたと思います。思春期と言うヤツでしょうか。健全。

 

ここからはやってる事と言ってることが支離滅裂かもしれません。

 

 

 

 

 

母と今の父は二人共最終学歴中卒です。私は年上の知り合いも全くいないし上に兄弟もいなかったので、私の頭からは高校のことがすっぽり抜けていました。高校って勉強が好きで行きたい人だけが行く所で、「極限られた人間の行く場所」だと思ってたんです。漠然と。

 

中学3年生になって、皆が「高校どうする?」みたいな話を始めてから、初めて私も高校に行くべきその1人だと気づきました。ヤヴァイですね。

勉強は、人並みに出来ました。私の中学では中の上くらいには出来ました。

中学3年生の終わり頃からTwitterに激しく依存していました。その事を昨日書こうかと思ったんですけど、書いてて頭おかしいなと思い始めて消しました。なんて書いたかは忘れました。

 

 

 

 

私の地元では、珍しいのか分からないけどほとんどの学校が私服高校でした。制服JKがもうそれはそれは羨ましく、JKは制服着てたら無敵なので、とてつもなく怖かったです。しかも制服着てるとめちゃめちゃ可愛く見えるアレ、何なんですかね。

 

 

高校は一応地元では進学校と言われている学校に行きました。そもそも高校に行く気のなかった私に続くはずもなく、授業が始まるとお腹が痛くなる謎の病(ただのイヤイヤ病)になり、夏休み明けの半年たった頃、中退しました。親には大変迷惑をかけたと思っています。特に金銭的な面で言われてしまえば何も言えません。本当にごめんなさいとしか言いようがありません。それでも高校を辞めたことは一切後悔していません。むしろ何も考えず入ってしまったことに後悔しました。

親は通信に通って、高卒の資格だけでも取りなさいと言いました。何度も話し合い、「またお金がかかってしまうし、一度辞めている私が卒業まで続けられるか自信が無い」という私の主張でしたが、それでも高卒は取りなさい、と言ってくれる親に対して、もう反論する言葉はありませんでした。年に一度、学校に行くだけ(勿論レポート提出などはありますが、)という学校にがあり、そこに通いました。

 

 

 

 

 

長くなってきて勝手に疲れてきてしまいました。

 

 

 

 

 

 

15歳?は仕事しちゃダメか?16歳からバイトを始め、17歳で準社員になりました。 

hxhlav1112.hatenablog.com

 

 

仕事のこと、書いてありました。

大好きだったけど色々あって頭がぶっ壊れました。

 

 

 

仕事大好きマンだった私は、高校に通ってる友達とも時間も話も合わず、仕事の人たちと毎日一緒にいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

色々あって仕事を辞めざるを得なくなり、活力がなくなりました。何がいけないのか必死に考えた私は「お金があるからいけないんだ!」という謎の思考にいたり、1人で海外旅行に行くことにしました。でも英語は中学の頃からからっきしダメだったので1人参加限定のツアーで行くことにしました。17歳でした。誰にも言わず行くことを決め、準備をしました。連絡が取れなくなると心配して駆けつけてくれるめちゃめちゃいい友達を持ったので、その子達には直前に行くことを伝え、親にも伝えました。キレられました。

 

ギリシャに行ったんですけど、めちゃくちゃ綺麗だったんで今度紹介したいです。

 

 

 

 

 

 

 

バイクの中免を持っています。力もなく、背が小さい上に足も短いからバイクにまたがると足が届かなかった為、教習所に行くのが億劫になりましたが、お金払っちゃったし折角なので免許取りました。あまりにも時間がかかった為、教習官たちから「教習所のヌシ」と呼ばれていました。18歳になった頃には普通自動車MTの免許を取りました。どうでもいいですね。

 

 

 

ギリシャに行った半年後位からはバイトを2つ掛け持ちしたあと、社員として大手の会社の地方営業所に勤務しました。なんか凄い皆性格がひん曲がってました。他の営業所から「あそこはヤバい」的なことを言われる立ち位置でした。怖くて面白くて面倒臭い人達だなーと客観視していました。多分私がそう思っていたと言うことは、向こうもそう思っていたんでしょう。分からないですけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピアスが好きです。刺青も入っています。特に困ったことはありません。後悔もしていません。

 

 

あとはー、メンタルが弱々みたいです。引きこもりで友達にも誰にも会えなくなりました。外が怖いです。半年前の自分が別人に感じます。半年後の自分も別人なんじゃないでしょうか。今はそういうのも全てどうでもいいです。いや、良くはないです。

 

 

 

 

 

とうとう書くことが勝手に疲れました。結局何が言いたかったか忘れました。

あ、自己紹介でしたね。自己紹介って何ですかね。うん。分かりません。

 

 

 

 

 

 

お題「ブログ名・ハンドル名の由来」 

ミツバチマーヤって絵本知ってますか?アレから取りました。理由はご想像におまかせします。

 

ハチノスは蜂の巣です。みつばちだからです。言ってることが支離滅裂で穴だらけの文章になるなと思ったので蜂の巣穴だらけだし丁度いいじゃんと思いました。基本浅いですね。困ります。

 

 

 

 

 

 

お題「ブログをはじめたきっかけ」

 

hxhlav1112.hatenablog.com

 

 

ついでに、地元の綺麗な写真。お納めください。荒んだ私の心を癒してくれる自然に感謝(-人-) 

hxhlav1112.hatenablog.com

 

 

 

 

 

お題「ふとん」

布団と結婚したいとは思いません。恋人くらいですかね。いや、愛人?(何か違う)

 

 

 

 

お題「朝ごはん」

今日朝食べたものはお母さんが弟のお弁当を作った時のオカズの残りです。卵焼きが美味しかったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

最後までご覧いただきありがとうございましたm(_ _)m

 

🐝