ハチノスブログ

私による私の為の穴だらけのブログ。人生イージーモードだけど雑魚だから攻略困難。厨二病を拗らせました。

「中心線を大切にすることなんて[普通]だ。」

 

私は字が上手だ。

 

それだけが取り柄だと思う。

 

昔から、何かをそっくり真似ること、が得意で、絵や文字をなるべくそっくり書き写すことは、とても得意だった。

ただ、私から生み出されるものはどんどん無くなった。

自分で何かを表現することは難しいことだ。だから、絵をかける人をすごいと思う。曲を作れる人はすごいと思う。自分の字がある人はすごい。

 

私が、私の字を綺麗だと思う時は、お手本通りに書けた時、だ。

だから、メモ帳に殴り書きした自分の字も、学校に提出したプリントに書いた名前も、あの頃の卒業文集の文字も、大嫌いだ。し、それらの字も今まで見てきた誰かの字、でしかない。その事がまたひどく自分の字を嫌いにさせる。この文字はあの人の字にそっくりだ。これはあの人だ。こっちはあの人だ。私の字では無い。

書道の時間に、字が綺麗だねと褒められることはとても嬉しかった。それ以外の時に言われることは、嬉しいような悲しいような、複雑な気持ちだった。つまり、私が私の字を嫌いだったからだろう。

 

 

書こうと思っていたことと全く違うことを書いている。私は字が上手だ。それだけが取り柄である。

 

保育園の頃から、文字を書き写すことが好きだった。お手本通りそっくりに書けると、嬉しかった。

 

小学1年生の時に、初めて字を書いて金賞を貰った。私は字が上手なんだ、と思った。

 

 

小学3年生からか、学校で習字の時間が出来た。筆で字を書くことはとても楽しかった。しかも、お手本をそっくり真似すれば褒められる。そっくりに書けると嬉しくなる。私は筆で字をかけることが、習字の授業が、大好きだった。なので書道教室に通い始めた。

 

 

ひとりの作業が好きだった。ひとりで黙々とやっていても、誰にも声をかけられず、ひとりでやっていることの方が褒められることに安心した。自分が頑張れば頑張っただけ成果が出ることも、安心した。頑張れば頑張っただけ成果が出るなんて、最高だ。字を書くのが楽しくて仕方なかった。誰かと話すこと、コミュニケーションを取ることを強要されないなんて、最高だ。

 

 

全然書きたいことが書けない。

話が始まらない。

 

私は字が上手だ。

 

 

テレビで、上手な字の書き方、みたいなものをやっていた。

当たり前のことを言っていて、バカなんじゃないかな、と思った。

ここを太く書くといい、とか、ここに力を入れればいい、とか、中心の線を大切にする、とか。当たり前に普通の事じゃないか、と思った。何も為にならない。つまらないな、と思った。

 

そこでふと思う。

私に当たり前だからって、皆に当たり前じゃないこと。

皆に当たり前だからって、私に当たり前じゃないこと。

 

 

昔から、自分ができることを人に教えることが難しかった。特に、字を教えてくれ、と言われることがひどく難しかった。私が当たり前に書いている字を教えてくれと言われることは、他人には何が当たり前なのか検討もつかなかった。ここに力を入れるといいよ、なんて言葉は「ここに力を入れるのが当たり前」の私には、到底思い浮かばなかった。

 

 

自分が出来ることを、他人に教える時、「なんで出来ないの?」「なんで分からないの?」「普通にやれば出来るじゃん」と思ってしまうことがある。逆もしかりで、「なんで普通に出来ないの?」と思われている時もあるのだろう。

自分の普通が、自分以外の人間誰しも「普通」であるわけが無いことは理解しているはずなのに、時々あとから気づくことがある。まだ気づいていないこともあるのかもしれない。

 

 

私の普通はあなたの普通では無いし、

あなたの普通も私の普通では無いんだ。

 

 

そうなると、普通って何?ってなるけど、

 

普通って難しい。普通の状態であろうとすることも難しいことだし、普通じゃない存在でありたいということも難しい。大体みんな普通じゃないし、自分以外のものなんてみんな普通じゃない。

自分自身のことを普通じゃない、なんて思うこともなんだかよく分からないし

アレもう待って。全然意味わからんくなってきた。

 

 

私は字が上手だ。

(2017/06/10 21:21:47)